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2008年1月 6日 (日)

18切符で真岡鉄道へ

1月6日は、青春18切符を使って、ポチさんと真岡鉄道へ喫煙に行って来ました。
Dscn8361福島駅発6:05の電車に乗ると、黒磯、宇都宮、小山で乗り換えて、10:30には水戸線の下館駅に着きます。
福島では、北斗星2号を見送った後に発車しました。
明けかかってきた東の空に、細い月と金星が輝いていました。

Dscn8368小山駅で湘南新宿ラインでやって来た、たかべーさんと合流し、下館駅に行くともうSLは発車準備の真っ最中でした。
真岡鉄道には2度ほど行きましたが、どちらもC11だったので、今回はC12牽引でとても嬉しくなりました。
Dscn8388小山駅のみどりの窓口で、あらかじめ買っておいたSL乗車券は2号車の指定でしたが、途中から3人とも先頭車両のデッキで、ずっと立ったまま音や匂いを楽しんでいました。
益子駅あたりで、やっと元の席に戻りました。
車内では、新春運転記念のくじ引きなんかも有りましたが、私達は皆、残念ながら“スカ”でした。
でも空クジ無しとのことで、残念賞にみかんをいただきました。ちょっと喉が乾いていたので、早速美味しくいただきました。

Dscn8393市塙駅では、上りの気動車と交換するので、4分停車することが判っていたので、その時間を使って駅構内の外れまで走り、発車を撮影するつもりでした。
日頃の運動不足を痛感しながらも、何とか構内の外れまで行き、カメラを構えました。
ここでの発車は、銀塩カメラでは上手く撮れましたが、コンパクトデジカメではタイミングがずれてしまいました。
ここでの写真は、たかべーさんのブログの方が格段に良い出来です。
http://ottyanntrainalbum.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_1ab4.html
ぜひたかべーさんのブログで確認してみてください。

Dscn8398後続のDCに乗って、終点の茂木駅まで行きました。 駅舎内のお蕎麦屋さんで腹ごしらえをしたあと、留置されているC12を撮影しました。
駅舎2階のお立ち台やホームから、何枚も撮りましたが、ここはホームを通って機関車のすぐ側まで寄って自由に見学できるため、その人たちが居なくなった隙を狙って撮るのが、なかなかに大変でした。

Dscn8405機関車の側から人が居なくなるのを待つだけでは口惜しいので、私達も機関車の側に寄ってみる事にしました。
もともと私は機関車の刻印などを撮るのが好きだったので、ついつい昔の癖が出て・・・(^^ゞ
これはクロスヘッドのスライドバーですが、刻印からこの部品は、昭和31年10月に国鉄長野工場で交換されたことが判ります。
Dscn8415お天気も良かったし、返しの列車も撮りたいところでしたが、明日からまた仕事が始まるので、あまり遅くならないうちに帰ろうと言う事になりました。
道の駅付近で撮影すると言う、たかべーさんとお別れして帰路に着きました。
下館駅で水戸線に乗り換えると、幸か不幸か501系がやって来ました。なんと、トップナンバーでした。



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2008年1月 5日 (土)

18切符で大回り

1月4日は、青春18きっぷで上京しました。
かかりつけのお医者さんで毎月恒例の検診を受けた後、最寄の南福島駅から乗車しました。
Dscn8284 南福島-1136M-郡山-2134M-黒磯-1554M-宇都宮-4140Y-大宮 と言う乗り継ぎでした。
これが郡山からロングシートの連続で、しかも帰省から戻る人が多く、南福島で乗った時からず~っと結構な混雑・・・。
宇都宮駅ホームでは、運良く持って行ったスイカを使って、思わずグリーン券を買ってしまいました。
今回は、まずは大宮の鉄道博物館を目指したのですが、先に入館していたきぬやまスカンクさんから、凄い混雑だから止めたほうが良いと言うメールをいただき、軟弱にも行き先変更してしまいました。 Dscn8288
大宮駅できぬやまスカンクさんと合流して、お上りさんツアー(笑)の開始です。
まずは、上野の国立科学博物館。 外に展示されているD51231を見学しました。 北海道で見たカマですね。 結構きれいでした。
次いで、秋葉原のヨドバシカメラへ行きました。 凄いですねぇ・・・。
人の多さも建物の大きさも圧倒的でした。
Dscn8292夜は東京在住の鉄友さん達と新年会の予定だったので、会場近くの有楽町駅に移動しました。
ここで新年会の前に、横浜に住む従姉とお茶する約束になっていました。
待ち合わせのために、駅前で夕暮れに沈むビル群を眺めていると、何となく場違いの所にいると言う感じがしました。
Dscn8293手近なところでお茶と言う事で、東京交通会館のスカイラウンジに行きました。
姉さんは駅から近いし、昔からあるのでそんなに混んでいないだろうと、何気なくここを選んだ様ですが、最上階からの眺めは、最高!でした。
東京駅の新幹線ホームが真正面から見えるし、眼下には有楽町駅がばっちりで、日中にカメラを持って行けば、何コマ撮る事になるやら、不安になります(^^ゞ 今回は、ちょっと暗くなってしまったし、美人のお供なので、撮影は自粛しましたが・・・。
Dscn8296_sで、最後は銀座で鉄な皆さんと、新年会でした。メンバーは全員きぬやまスカンクさんの古くからのお友達ですが、たかべーさん、ぼっちぼちさん、等私がいつもお世話になっている方々もおいででした。(初対面はお二人だけでした。)皆さんその筋では有名な方ばかりです。
ちなみに、全員昭和20年代生まれですが、この中では私が最年少でした(^^ゞ
Dscn8298この日の私の宿は、新宿発新潟行きの「ムーンライトえちご」でした。
銀座ではいつもより遅くまで飲んでいたそうで、発車時刻まであまり余裕が無い状態で、二次会になだれ込みました。 しかし、二次会は慌しくても、目的の列車にはしっかり間に合うところが、鉄ちゃんの集まりですね。 わざわざホームに入って、記念写真まで撮って見送ってくださった皆様、本当にありがとうございました。
Dscn8307485系は、夜行列車に使うにはシートピッチも狭くリクライニングも充分ではないので、寝苦しくてふと目を覚ますと、高崎駅に停車中でした。 時計を見ると日付は替わって5日の午前1時ちょっと過ぎ・・・。
良く見ると向かいのホームには急行「能登」が停車中でした。ここで急行の追い抜きが有るようです。
そうと判れば、撮らないわけにはいきません。 しかも、相手はボンネット車だし・・・。
深夜だと言うのに、ホームには鉄ちゃんが多数うろうろしていました。 勿論、私もその一人になりました(^_^;)
Dscn83115日の早朝は、新宿-(ムーンライトえちご)-新潟-3921M-村上-1924M-坂町 と乗る行程で、時間が有るので一旦村上駅で外に出ました。
ムーンライトから乗り継いでここまで来た人たち(結構大勢居ました)は、ほとんどが酒田行きの気動車に乗り換えて、まっすぐ北を目指して行きました。
私は駅から歩いて5分ほどのところに有るコンビニで、朝食等を買出しして駅に戻りました。 朝6時頃ですが、まだまだあたりは暗く、駅だけが明るく照らされていました。
Dscn8317坂町からは、米坂線の1128Dで一気に米沢に行こうかと思いましたが、そこから先の接続が悪過ぎます。 福島方面へは3時間待ちで、次の快速「べにばな」で行ってもまだ時間が余ります。 山形方面へは1本有るものの、仙山線にはたった7分差で接続しないし・・・(怒)  奥羽線の旅行者は、「つばさ」に乗れと露骨に態度で示しているようです。
そんな訳で、米沢に行っても面白くないので、坂町-1128D-越後片貝-1123D-坂町なんて言う小乗り継ぎで暇つぶししました。
Dscn8319まだお正月の余韻で貨物列車こそ来ませんが、羽越線には特急列車や(あまり好きではないけど)ローカル電車も走っているので、坂町駅のホームに居るとそこそこ楽しめます。
上りの特急「いなほ」が来る頃には、見送りの人も含めてかなりの人がホームに入ってきました。

Dscn8337さて、この日最後の乗り継ぎ行程は、坂町-3822D(べにばな2号)-米沢-434M-福島-1148M-南福島でした。
この日の米坂線では、乗った列車は3本ともすべて新潟色の塗装でした。 密かに国鉄色のキハ52を期待していたのですが・・・。 お目当てのキハ52とは、米沢駅でやっと御対面できました。 昨日から米沢に来ていた様ですね。 また、人気の急行色キハ58・28は見かけなかったから、この日は車庫でお休みだったんでしょうねぇ?
Dscn8336米沢から乗った434Mは、標準軌用719系の2連でした。  数少ない上りの普通列車なので、18切符を利用した帰省帰りのお客さんが大勢乗ってきました。 この時期くらいは、車両を増結してくれたら良いのに・・・と思いました。 まぁ私は早くから駅に居たので、席はちゃんと確保していましたけど・・・(^^ゞ
写真的には719系よりは、間もなく引退する400系「つばさ」の方が良いでしょう。 米沢駅での1コマを掲載しておきます。

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2008年1月 2日 (水)

謹賀新年

Dscn3914_2

明けましておめでとうございます。

昨年は弊ブログを御贔屓くださり、ありがとうございました。
今年も宜しくお願い申し上げます。

さて、古い写真を漁っていたら34年前のお正月に撮った写真が出てきました。
大学1年の冬休みは、北海道へ行くつもりで計画をたてていました。ところが、日豊本線でC57牽引の急行列車が復活したと聞き、急遽行き先を九州に変えてしまいました。
当時は北九州地区と日豊本線筋にまだまだ蒸気機関車が残っていました。
そして、貨物列車が運休になるお正月は、D51牽引の旅客列車がまだまだ多く残っていた山陰地方に、行くことにしました。

Agawa864_740102_3当時の山陰本線は、D51とDF50が主力の線区でした。
昔は一駅間歩くのは普通のことで、長戸粟野から重い荷物を持って歩きながら、沿線の気に入ったところで撮影して行きました。
これは阿川駅の近くのオーバークロスから撮りました。ウヤかと思っていた貨物列車が、回送機関車を付けた重連でやって来ました。
1974.1.2 山陰本線 阿川~長門粟野

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